ともだち食堂のマスターとの昔話

今日は1月11日は成人の日です。

僕が成人になってから時がしばらく経ち、専務もすっかり大人になりました。

 

僕の子供の時はいろんな習い事、スポーツをしましたが、

一番楽しかったのは、小学生の時の野球部でした。

その時に監督をしていたのが、ともだち食堂のマスターです。

 


 

小学6年生のころ、自分なりに勇気を出して野球部に入りました。

野球経験はなし、野球のルールもよく分からない。

そんなところからのスタートでした。

 

始めは右も左もわかりませんし、なじめませんでした。

キャッチボールはあらぬ方向へ行ったりボールを取れない、フライは取れない。速いボールがこわい。

 

それでも、だんだんと野球部のみんなと話せるようになり、最後にはある程度はチームの一員になれたかなと思います。

 


 

不思議なのは、マスターがあまりにも下手な僕に、野球のことを教えようとしなかったことです。マスターの元で1年間しか野球はできませんでしたが、まったく教えを受けた記憶がありません。

全体練習でなにか教えるということはあったかもしれませんが、1対1でというのはないのです。

 

もしかしたら、それがマスターの知恵だったのかもしれません。

 


 

野球下手な僕でしたが、野球部の時の最終成績がこちらです。

 

打率0.00

四球 1

死球 2

三振 1

出塁率 7割5分

1盗塁

1得点 (得点=ホームに帰ってきた)

 

全部代打なのですが、何故かデッドボールに2回遭いました。

一応、ホームには一回帰っています。

打ててないのに出塁率7割5分なのは、自分でも上出来かなと思います。

(^-^ゞ

 

振り返ってみると、なんとかチームに迷惑をかけずに済んだかなと思いました。

 


 

ある時、

あれは大会の地区予選だったと思いますが、強い相手に負けてしまいました。

 

グラウンド横の草むらで監督とみんなで集まって座っていたところ、

ほとんどのみんなが悔し泣きをしてしまいました。

その時、監督が

「泣くんじゃないよ、そんなに泣くんなら俺は監督をやめる」

と言いました。

後日、自発的に野球部のみんなで監督の店に行き、すみませんでしたと謝りました。

 

僕の愛読書にこんなことが書いてありました。

「涙を流すことはいいことだが、悔し泣きはみっともない」

 

マスターはこの事を知っていたのかなと思いました。

 


 

1年間だけでしたが、今までのスポーツや習い事の中で一番楽しかったのはこの一年間でした。

本当に野球部のマスターやみんなには感謝でいっぱいです。

今頃、みんなは色々な人生を歩んでいるだろうけど、たまには野球部のころを思い出してもいいかもしれないね。

みんなありがとうp(^-^q)

 


 

ちなみに、

大人になってから、地元の親睦ソフトボール大会に出たところ、

内野安打ですが、ヒットを打てました。

夢が叶ってよかったです(^-^)